大判例

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津地方裁判所 昭和47年(ワ)83号 判決 1980年2月21日

原告 山本和子

被告 鈴鹿市

主文

一  被告は、原告に対し、金一四二万六一五〇円及び内金一〇二万六一五〇円に対する昭和四七年七月一四日から、内金四〇万円に対する本判決権定の日の翌日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その八を被告の、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、一七八万三七三〇円及びこれに対する昭和四七年七月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、旧制女学校卒業後昭和二三年一二月一〇日被告鈴鹿市(以下「被告市」という)の市役所に事務員として入所し、同二八年四月一日事務吏員となり、教育委員会勤務を経て、同四一年に鈴鹿市消防本部勤務を命ぜられ現在に至つている。

原告は同三九年頃五等級に昇格し、その給与は同四五年四月一日当時五等級一九号俸六万四一七〇円(ただし、同年五月より七万〇八〇〇円)同年七月一日定期昇給により五等級二〇号俸七万二八〇〇円(ただし、同四六年五月より八万〇五〇〇円)、同四六年七月一日定期昇給により五等級二一号俸八万二〇〇〇円となつていた。そして右消防本部職員の人事の任命権者は鈴鹿市消防長であるが、昇格の最終決定は被告市の市長の承認又は調整をえて右消防長がこれをなすことになつていた。

2  被告市における昇格手続と運用の実態

(一) 鈴鹿市職員給与条例(以下「給与条例」という)三条二項は「職員の職務はその複雑困難及び責任の度に基き、これを給料表に定める職務の等級に分類するものとし、その分類の基準となるべき標準的職務の内容は、規則で定める」とする。また、同五条は、「市長又は任命権者は組織に関する法令、条例、規則および市長または任免権者が定める規程の趣旨に従いおよび第三条第二項の規程に基づく分類の基準に適合するように、かつ予算の範囲内で、職務の等級の定数を設定し、または改定することができる」とし同条二項は「職員の職務の等級は、前項の職務の等級ごとの定数の範囲内で、かつ規則で定める基準に従い決定する」と定めている。

また鈴鹿市職員の初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則(以下「基準に関する規則」という)二条(2)号は、「昇格職員の職務の等級を同一の給料表の上位の職務の等級に変更することをいう」とし、また、同四条は「職員の職務の等級を決定する場合に必要な資格は、この規則において別に定める場合を除き、別表第2に定める等級別資格基準表に定めるとおりとする」としている。また、同三条は、「条例第三条第二項に規定する職務の等級の分類の基準となるべき標準的な職務の内容は、別表第1に定める等級別標準職務表に定めるとおりとし、同表に掲げる職務と、その複雑・困難及び責任の度が同程度の職務は、それぞれの職務の等級に分類するものとする。」としている。また、別表第1の等級別標準職務表は、四等級の職務内容として、「係長又はこれに相当する職務、出先機関の長の職務、特に高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行なう吏員の職務」と定めている。また、同規則五条一項は、別表第2の等級別資格基準表につき、「等級別資格基準表は、試験欄の区分及び学歴免許等欄の区分に応じて適用する。この場合において、それぞれの区分に対応する同表の職務の等級欄に定める上段の数字は当該職務の等級に決定するための必要在級年数を下段の数字は当該職務の等級に決定するための必要経験年数を、示す。」と定めている。

(二) 従つて五等級から四等級に昇格する為の要件は、そのたてまえとして第一に予算の範囲内で定めた(等級別)定数によること、第二に四等級の職務(係長、出先機関の長の職務及びこれに相当する職務)に従事すること、第三に別表第2の等級別資格基準表で必要とされる在級及び経験年数を経ていることが必要とされていることとなる。

(三) 運用の実態

ところで被告市は等級別定数を定めていないから前述した定数の範囲内という制限はうけず、別表第1の職務内容の変更と在級及び経験年数が別表第2に合致すれば人数に拘らず昇格させることができることになる。

そこで職務内容の変更という昇格要件について検討してみると五等級から四等級への昇格について、被告市の給与体系は職務給であるから、職務内容が変更しなければ昇格できないたてまえになつているが、五等級から四等級に昇格するに際し吏員のままであつて係長またはその相当職務への変更がない者も多々あり、職務内容の変更という昇格要件は実状にそくさないたてまえ論にすぎない。

そして原告については昭和四五年当時五等級から四等級へ昇格するための、基準に関する規則五条一項別表第2等級別資格基準表に規定している在級年数及び経験年数の要件を満たしていた。

3  わたり制度の存在

わたりとは官職名(職務)の変更をともなわないで、一定の号級、経験または在級年数等を基準として上位等級へ昇格することである。この制度は、昭和三五年に国家公務員の等級別俸給表が改定され、等級ごとに金額が分断され、等級間格差が設けられるようになつたため、各地方自治体が国家公務員俸給表を準用しているところからこれに新たな対応をせまられ、その結果出てきた制度である。

しかして、被告市においては遅くとも昭和四一年からわたり運用が行なわれていた。

4  昇格における男女差別

鈴鹿市職員労働組合(以下「鈴鹿市職労」という)が作成した昭和四五年一月現在の賃金実体によると、被告市職員間における五等級一六号俸以上の男女職員の比較は左の通りである。

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右の表から明らかな通り五等級一六号俸以上はほとんど女子で占められていることと、五等級全体では男子一六五名、女子一二六名と、それほど差がないことからすれば、男子は懲戒されたとか、長期の休職者以外は、五等級一六号俸から四等級にわたつていることが明らかに示されている。

このことは、右資料の四等級欄をみると、男子が一〇二名もいるのに、女子がたつたの二名ということからも男子のみが四等級に昇格していることが示されている。

そして、右同年度中の三重県下における昇格の実態調査によると、被告市においては、男子職員のみが職務の変更をともなわないまま五等級一六号俸から四等級八号俸に昇格していることが明らかである。

しかして、昭和四六年四月実施された被告市と鈴鹿市職労との間におけるわたり適用の協定によると、「五等級一六号俸以上の吏員のうち、任命権者の認めるもの」については、四等級に昇格するとされているところ、実際に昇格したのは該当者男子三七名中二七名プラス非該当者一名であるのに対して、女子は該当者五九名中昇格したのは、わずかに八名にすぎなかつた。

ちなみに、原告とほぼ同年あるいはそれ以後に入所した男子職員については、昭和四五年当時すでに四等級あるいは三等級に昇格している。

以上にみたとおり、被告市においては、原告を含め女子職員は、女性なるが故に勤務年数・年齢等が等しい男子職員と比べ昇格につき差別をうけているといわざるをえない。

5  また、被告市はかねてから以下に述べるとおり女性差別を行なつており、前記昇格差別も被告市のこのような一貫した性別による差別的取扱いに基因するものである。

(一) 初任給及び昇任における差別

被告市においては、ほぼ同一学歴・同一入所・同一年齢の職員の間において、初任給において男女差別がある外、事務員から事務吏員になる昇任においても差別がある。

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右の表は原告とほぼ同一学歴、同一入所の男性二人に関して、入所後間もない昭和二三年一二月三一日当時の給与の等級号俸と昇任時期についての比較である。給与についてみると男性二人は三等級一号俸なのに、原告は二等級のままである。このことは、昭和三二年一〇月一七日付毎日新聞からも明らかであり、高校卒の女子の場合は、男子より二~三〇〇円低い給与で採用されており、また、昇任についても男性は二年四か月と三年五か月で事務吏員になつているのに原告は四年四か月かかつている。

(二) 職員研修における男女差別

被告市における職員研修としては、採用者研修・接遇研修・中級職員一般研修・特課研修・監督者指導研修・JSF評準課程研修等があるが、女性が受けられる研修は接遇研修と採用者研修(原告入所当時には、この制度はなかつた)のみでありあとは、男性のみに行なわせていた。

そこで、昭和四六年五月二六日鈴鹿市職労は研修の男女差別につき、それを撤廃するよう被告市に要望したところ、ようやく中級職員一般研修について、女子にも受けさせるようになつたがその受講時期については依然として男女差別がある。即ち男性については、八年から一〇年勤務した者は大体研修を受けているが、女子の場合は二〇年間を経過していないと研修を受けさせないでいる。鈴木道子は採用後二七年目に中級職員一般研修を受けたが原告は未だに右研修は受けていないのである。

(三) 雑用を女子のみに行なわせる差別

被告市においては、職場におけるお茶くみ、掃除等の雑用は、女子のみに行なわせていた。

原告を含む女子は、朝のお茶くみ、掃除のため、勤務時間より三〇分ないし一時間早く登庁を余儀なくされ、退庁時には、湯のみ灰皿等を洗い、ゴミ捨て等をして帰るためその分だけ退庁も遅れた。

ところが、本訴提起後の昭和四八年に至つて被告市はようやく給茶器及びビルクリーナーを入れるようになり、右雑用から女子は解放された。

(四) 既婚女性に対する昇給差別

被告市は昭和三一年に職場結婚をした女子職員六名につき、結婚すると仕事の能率が落ちるという理由で半年に一回づつ年二回あつた昇給を一回に減し、さらに、本俸一万円以上になつた女子の昇給をストツプした。

ところが、右事実が翌年新聞で報道され、労働組合からは、婦人職員の昇給等の差別待遇については、民主的権利の侵害も甚しいと強力に抗議されるに及んで、被告市は、当初は結婚して出産したら辞めるよう勧告したこともあり、昇給ストツプもやむを得ないと強弁していたが、右差別を撤回せざるを得なくなつた。しかし一回ストツプした昇給差別は、現在においても是正されていない。右昇給差別は原告も受けており、昭和三一年には、一回も昇給していない。

(五) 扶養手当における男女差別

被告市は、扶養手当の支給について、社会通念上子供の扶養は、男親にあるということで、男子のみに認めていた。

原告の場合も夫が昭和四五年七月に被告市を退職した後に、夫が就職した会社に扶養手当制度がなく、かつ夫の給与が低かつたため原告が扶養手当の支給を申請したところ、右理由で拒否され、差別的取扱いを受けた原告は同四七年一月に再度申請したところ、「夫の所得が妻の所得より三割以上低ければ出すが、原告の場合はそれ未満であるから支給できない」と拒否された。

そこで、原告は家庭の実態を詳しく説明し交渉したところ、ようやく家計内容を書いた書面を提出したうえで昭和四七年二月に至り、その支給を受けるに至つた。

6  被告市の責任

(一) 第一次請求―不法行為による損害賠償

我国においては、憲法一四条で法の下の平等が規定され、憲法二七条では働らく権利が保障されている。これをうけて、地方公務員については地方公務員法一三条で、平等取扱いの原則を規定している。従つて賃金についても、男女差別が許されないのは当然である。

民間に働らく者にとつては、労働基準法四条により同一労働・同一賃金が規定されており、右規定は公務員労働者にも適用されているが、更に国家公務員については、国家公務員法二七条に於て平等取扱いの原則が規定され、本件のような地方公務員については、前述のように地方公務員法一三条によつて、その差別が禁止されているのである。

このことは、換言すれば、女子職員は同等の職務に服する限り使用者(被告市)から男子職員に比し不当に不利益な差別待遇を受けない法律上の利益を有することを意味するものであるところ、被告市は昭和四五年四月実施の職員の昇格に際し、既述のとおり男子職員のみを五等級一六号俸から四等級八号俸へ職務の変更をともなうことなく昇格させる一方、当時既に在職一五年を経過し五等級一九号俸を受け、基準に関する規則上の要件を十分充たしている原告に対し、四等級への昇格の措置をとらなかつた。これは、まさしく女性であることのみを唯一の理由として故意に憲法一四条、労働基準法四条、ILO一〇〇号条約(同一労働同一賃金)、地方公務員法一三条の規定に違反した不法かつ、違法な昇格差別を行なつたものであり、これにより原告の前記法律上の利益を侵害したものであるから、右被告市の行為は原告に対する不法行為に該当する。しかして右不法行為は被告市の市長及び任命権者らがその公権力を行使するに当り故意に原告に対し、昇格差別という不利益取扱いを行なつた結果、原告に対し後記の損害を与えたものであるから、被告市は国家賠償法一条により原告に対し後記損害を賠償する責任がある。

(二) 第二次(予備的)請求―債務不履行による損害賠償

原告は、被告市との間で、前記地方公務員法一三条に基づき男子職員と平等な労働条件で勤務する内容の雇用契約(労働契約)を締結する権利を有する。即ち同条は「すべて国民はこの法律の適用について平等に取扱われなければならず性別等によつて差別してはならない」と定めている。従つて被告市は被用者である原告に対し男性職員と同等の昇格をさせる義務及びその結果、同等の賃金支給義務を負う事は明白である。ところで被告市は右平等取扱義務に違反し、当然昇格すべき等級号俸に昇格させなかつた結果、原告に対し男性と同等の賃金より下回つた賃金しか支給しなかつたという被告市の責に帰すべき事由による債務不履行(不完全履行)の結果、原告に対し後記の損害を与えたものである。

7  損害

(一) 賃金差額相当額の損害 三八万三七三〇円

前記のごとく原告に対する昇格差別が違法かつ不当なものである以上、原告は適正な昇格を実施された場合に受けたであろう賃金及び諸手当と現に受けたそれとの差額を損害賠償として請求できる。

ところで、昭和四五年度における自治労三重県本部発行の賃金実態資料によると前記のごとく被告市においては男子職員のみについて在職一五年で直近上位に昇格することが鈴鹿市職労との間で話合により合意され男子職員は五等級一六号俸から四等級八号俸に昇格することとなり、現実に多くの男子職員が職務の変更をともなわず昇格している。

しかるところ原告は当時既に在職一五年を経過しており、昭和四五年四月には五等級一九号俸であつたから、これを直近上位に格付けると四等級一一号俸に昇格することとなる。

しかしながら原告と入所年度・学歴・経験年数・年齢をほぼ同じくする男子職員二三名の昭和四五年当時の等級号俸は、四等級一一号俸三名、四等級一二号俸六名、四等級一三号俸六名、四等級一四号俸三名、四等級一五号俸二名、三等級三名である。従つてこれを平均してみると四等級一三号俸が中心となりこれを上まわる者八名、これを下まわる者九名となり、しかもこれを下まわる者のなかには成績良好でない者も含まれる。従つて原告は、勤務成績良好であるのに昭和四五年四月当時五等級一九号俸であるが男子と等しく昇格するならば少くとも四等級一一号俸より二号俸上の同等級一三号俸に格付されるのが相当である。従つて、原告は別表第3のとおり右賃金差額相当額の三八万三七三〇円の損害を蒙つていることになる。

(二) 慰謝料 一〇〇万円

原告の所属する鈴鹿市職労においても昭和四六年に昇格基準の男女差別是正の為の要望書又は文書を提出し再三是正を求めるに至つた。

しかし被告市は自らの非をかえりみることなく憲法一四条(男女平等原則)、地方公務員法一三条(労働条件の性別による差別禁止)、労働基準法四条(男女同一労働同一賃金)等の平等取扱の原則に違反し、昭和四七年原告が訴訟提起を行なうに至るまで、法違反の男女昇格差別を行ない、これを是正しようとしなかつた。そのほか、原告は本件昇格差別を含め被告市に勤務して以来前記第5項記載のように被告市当局の長年にわたる違法かつ不当な差別的取扱を受けてきたものであり、以上のような差別的取扱により原告が蒙つた精神的苦痛は金銭に評価し難いものがあるが、しかし、この苦痛に対する慰謝料を仮に金銭に換算すると、その額は少くとも一〇〇万円は下らない額になる。

(三) 弁護士費用等訴訟費用等の損害 四〇万円

本件訴訟は地方公務員の昇格差別による男女賃金差別訴訟という全国で唯一の訴訟であり、その訴訟の遂行には多大の努力と専門的知識を必要とする。従つて原告は本件代理人として弁護士一〇数名を委任し、常任として四名の弁護士を依頼したのであるが、その費用は手数料、日当旅費、郵送料、リコピー費用、謝金等を併せて四〇万円の支出が見込まれており、右費用は本件事件処理上通常生ずべき損害である。

以上により原告は前記金額合計一七八万三七三〇円の損害を蒙つている。

よつて、原告は、被告市に対し、第一次的に国家賠償法一条に基づき、第二次的に債務不履行に基づき前記各損害の合計一七八万三七三〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年七月一四日から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告市の本案前の主張

本件訴は却下されるべきものである。

1  原告が給料について不平不満があれば公平委員会に不服申立をしてその判断を得たうえで、それに基づいて抗告訴訟を起す方法によるべきであり、しからずして直接裁判所に対し本件請求をなすことは結局行政庁に対し直接昇格を求めることに帰着し、任命権者の人事権を侵すものであつて、ひいては三権分立の精神をふみにじるものであり許されないところである。

2  本件訴は原告が昇格請求権ないしはその期待権なるものを有することを前提としているものと解されるが、実定法上このような権利は認められず、また、昇格しないことは原告に対する地方公務員法上の不利益処分とは考えられないものであり、従つて、本件では原告は侵害されるべき権利はないのであり、よつて本件訴は訴訟要件を欠き不適法である。

三  被告市の本案前の抗弁に対する原告の反論

1  被告市は、公務員がその勤務関係につき司法救済を求め得る場合を、行政庁の不利益処分――人事委員会・公平委員会等に対する審査請求――抗告訴訟というパターンのみに限定している。

しかしながら公務員の勤務関係につき、司法救済を求め得る場合を右の場合に限定するのは明白な法律解釈の誤りである。

公務員の勤務関係を特別権力関係とみるか、いわゆる労働契約関係とみるかにつき、判例・学説上争いがあるが、現在の判例・学説のすう勢を占めている労働契約説によれば公務員の勤務関係は一般の私人間の権利義務関係として、一般的に司法救済の対象となるのである。

仮に右の勤務関係を特別権力関係としてとらえる立場においても、その行政庁が公務員の勤務関係につき法律違反をなした場合、もしくはその特別権力関係の目的設定に違反して濫用をなした場合には、当然に司法救済を受けうることは判例上明白である。

ところで、国家公務員法、地方公務員法によれば、公務員が行政庁から不利益処分を受けた場合には訴願前置とされている。

しかしながら右の救済制度は、公務員の労働基本権が制限されていることの代償的な特別の保障制度であつて、公務員の司法救済手段を右の場合のみに限定する意味はなく、従つて前記不利益処分に該当しない事由に基づきその勤務関係を争う場合には、直接司法救済をなしうるものとされ実務においても当然に、直接の司法救済を認めている。

2  本件訴訟は給付訴訟の要件を満している。

被告市は、本件訴訟は昇格自体を求めるもので不当である旨主張するが、原告は昇格自体を求めているものではない。

本件訴訟は、被告市の男女差別により本来なすべき昇格がなされないことにより本来支払われるべき賃金が不払いとなつているため、不払分の賃金相当額等につき、被告市の不法行為責任又は債務不履行責任を追求してその損害の支払を求めているものである。

ところで、地方公務員法にいう不利益処分とは職員の法律上の地位につき不利益を及ぼす明示の処分に該当し、本来なすべき昇格をなさない不作為が、前記不利益処分に該当しないことは原告もこれを認めるものである。

しかして、右に対する救済は公平委員会への審査請求をすることなく、直接裁判所へ損害賠償の請求を提起すれば足りるのである。

被告市は昇給昇格がなければ賃金支払請求権は発生しないから、本件訴訟は不適法である旨主張するが如きであるが、右は本案請求権に対してなすべき主張を混同して本案前の抗弁としてなしているものと考えられ、本案前の抗弁としては主張自体失当である。

3  以上いずれにしても本件訴訟は適法のものであつて、被告市の本案前の抗弁は理由がない。

四  請求原因に対する認否及び被告市の主張

1  請求原因1の事実のうち、「そして右消防本部職員の人事の任命権者は鈴鹿市消防長であるが、昇格の最終決定は被告市の市長の承認又は調整をえて右消防長がこれをなすことになつていた」との点は否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、給与条例及び基準に関する規則の規定内容については認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実のうち、昭和四六年四月に四等級へ昇格したのは、男子二八名、女子八名であつた点は認め、その余の事実は否認する。

5  同5(一)の事実のうち原告が昭和二三年一二月一〇日被告市の市役所に入所し、同年一二月三一日当時の給与は二等級三号俸で二六八八円であり、同二八年四月一日に昇任したことは認め、その余の事実は否認する。

6  同5(二)、(三)の各事実は否認する。

7  同5(四)の事実のうち、被告市の昇給ストツプが新聞で報道されたこと、原告は昭和三一年に昇給しなかつた点は認め、その余の事実は否認する。

昭和三〇、三一年頃は被告市の財政も苦しく、したがつて昇給をおさえる傾向はあつたが性別による差別はしていない。原告については同三一年一月同年七月の昇給はなかつたが、原告は同年四月一日から同年八月三一日まで休職しており七月の昇給がストツプするのは当然であり、休職以前にも休みがあると思われるので一月の昇給ストツプもそのためと思われる。

8  同5(五)の事実のうち、原告の夫が昭和四五年七月に被告市を退職したこと、同四七年二月より扶養手当が支給されたことは認め、その余の事実は否認する。

原告の夫は被告市市役所水道部に勤務していたが、昭和四五年七月一五日依願退職した。そして、同月二五日原告から夫、長男、長女の扶養認定申請(七月五日付)が提出されたのでこれを認め、同年八月分から扶養手当二七〇〇円を支給するに至つたのである。ところが同年一一月一八日原告の夫の就職にともない扶養手当停止の申請(一一月五日付)があつたので同年一二月分から右二七〇〇円の支給を停止した。それは、夫が民間の企業に就職し時間外勤務や賞与の如何によつて所得額が左右され詳細が判明しなかつたためである。しかし、同四七年一月二四日子供の分の扶養手当認定申請があり、調査の結果家計の実体、夫の所得の内容が明らかにされたので同年二月分から一二〇〇円の支給をしたのであつて、原告の主張するような性別による差別をしたものではない。

9  同6、7の各事実は否認する。

10  原告のわたり運用の協定に関する主張は、法律上も次の二つの点において誤つている。

(一) 職員団体には労働協約締結権はなく(地方公務員法五五条二項)、法令、条例、地方公共団体の機関の定める規程にてい触しない限りにおいて当該地方公共団体の当局と書面による協定を結ぶことができる(同条九項)が、もし、書面協定が成立しても、その内容が条例(及びその委任に基づく規則)に違反するときは、書面協定は効力を有しないのである。

被告市は、前記の如く原告の主張するらしい右協定の成立を否認するものであるが、仮に協定が成立したとしても、五等級の職員を一律無条件に四等級に昇格させる旨の内容の協定は、前記規則一八条一項二号の規定に違反するから、効力を有しないものである。

(二) 原告は、昭和四一年一一月五日付をもつて消防職員に配置転換されて現在に至つている。消防職員は、職員団体を結成し、又はこれに加入してはならないのである(地方公務員法五二条五項)から、職員団体と地方公共団体との間の協定の効力は、消防職員には及ばない。このことは、労働基本権が組合所属労働者の労働条件の維持改善を目的とする手段的権利であることに由来して、組合員以外の労働者の労働条件に関与することができないことを考えるならば、直ちに納得されるであろう。

11  原告の請求が昇給ないし昇格の期待権を前提とするものであるとすればかかる権利は法律上認められていない。

仙台高裁昭和三四年七月二九日判決(行政事件裁判例集一〇巻七号一四六七頁)は、「法定の基準に達するときは昇給せしめられるという、職員の利益は認められても、その性質は単なる事実上の反射的利益であるに過ぎず、任命権者が法定の基準に達したものに対し昇給措置に出でず、その結果、右の利益が侵害されたとしても、その措置に対して不利益処分ということはできない。」として、昇給期待権なる法的利益を否認している。

昇格については、右判旨は一層厳格にあてはまるものである。すなわち、昇給は、給料を同一等級内において直近上位の号俸に引き上げるのに対して、昇格は担当業務の内容に応じて定められた等級について一段階上位の等級に引き上げるものである。そのためには、本人の性格、能力、仕事に対する熱意、遵法精神、協調性など諸般の要素を総合して任命権者が当該等級にある者の担当業務にふさわしいと判断した場合に限つて昇格の発令がなされるべきものであり、従つて個人個人で昇格に差異があるのは当然であつてすべての職員を単に勤続年数の長短によつてのみ一律平等に昇格すべきものではない。まして、本件で問題となる四等級の職員の職務内容は「係長又はこれに相当する職務、出先機関の長の職務、特に高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行う吏員の職務」(基準に関する規則別表第1参照)であるから、右に掲げたもののほか、とくに部下の統率指揮の能力が必要とされるものであることは明らかである。

原告の主張は、右に述べたところを考慮することなく、単に勤務年数の長短、男女の差別という外形的事実のみを挙げて、四等級への昇格について不平等取扱いであるというにつきるものであつて、その失当であることは、前示判例に照して明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一  被告市は本件訴は不適法であり却下すべきであると主張するのでまずこの点について判断する。

1  昇格差別に基づく賃金差別について救済を求めるのに地方公務員法四九条の二あるいは同法四六条による申立等をなし、さらにその結果に不服があれば抗告訴訟により救済を求めうるものであることは被告市のいうとおりである。しかしながら、本件訴は国家賠償法一条あるいは債務不履行に基づく民事上の損害賠償の形態をとつており、原告の目的達成のために他にとるべき手段が右のようにあるとしても、その手段の存在することをもつて本件訴を不適法たらしめるものといえないことは勿論であり、また本件訴は昇格差別による損害金の支払を求めるものであつて、行政庁に対し、直接昇格を求めるものではないから、本件訴が任命権者の人事権を侵害するものでないことは明らかである。

したがつて、被告市の本案前の主張1は採用できない。

2  さらに、被告市は昇格請求権ないしは昇格期待権は実定法上認められないから、訴訟要件を欠く旨主張するが、給付訴訟においては原告が権利ありとして主張する以上、仮に右権利が認められないとしてもそれは本案で判断すれば足り、訴訟要件として欠けるところはないものとするのが相当であり、したがつて、被告市の本案前の主張2もまた採用できない。

二  成立に争いのない甲第二七号証の一ないし四、同第四七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証、同第一二ないし第一九号証及び同第二一ないし第二三号証(以上は原本の存在も)、同第二八号証の一、同第二九号証の一ないし三、同第三〇号証の一ないし四(原本の存在も)、同第三六号証の一ないし三、同第三九号証の一ないし五、同第四二号証、同第四六、四八号証、同第五一号証、証人鈴木道子の証言により真正に成立したと認められる甲第三五号証の一、二、証人川本重樹の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一、三、同第四三ないし第四五号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五五号証、成立に争いのない乙第一号証の一、同第二、三号証、同第四号証の一、四、同第七、八号証、原本の存在及び成立とも争いのない乙第六号証、証人鈴木道子、同川合重雄、同川本重樹、同酒井幸生、同森田等の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和一四年元満洲新京錦ケ丘高等女学校を卒業後、同二三年一二月一〇日被告市に事務員として入所し、同二八年四月一日事務吏員となり鈴鹿市教育委員会をへて同四一年一一月五日鈴鹿市消防本部へ出向を命ぜられ、以来消防本部職員(事務吏員)として現在に至つている。そして、原告は同三九年九月一日五等級へ昇格し、同四五年四月一日五等級一九号俸六万四一七〇円(ただし、同年五月より七万〇八〇〇円)、同年七月一日定期昇給により五等級二〇号俸七万二八〇〇円(ただし、同四六年五月より八万〇五〇〇円)同四六年七月一日定期昇給により五等級二一号俸八万二〇〇〇円の給与を受け取つていた(以上の事実は原告の卒業学校名及び年度の点を除き当事者間に争いがない)。なお、原告が四等級に昇格したのは同四八年一〇月一日であり四等級一三号俸とされた。

しかして、鈴鹿市消防本部職員についての人事の任命権者は鈴鹿市消防長であるが、昇格の最終決定は鈴鹿市長の承認又は調整をえて右消防長がこれをなすことになつている。

そして消防組織法、地方公務員法及び鈴鹿市職員給与条例により鈴鹿市消防本部職員の給与は右給与条例の定めるところによる。

2  給与条例三条二項は「職員の職務はその複雑困難及び責任の度に基きこれを給料表に定める職務の等級に分類するものとし、その分類の基準となるべき標準的職務の内容は、規則で定める。」とし、また、同五条一項は「市長または任命権者は、組織に関する法令・条例・規則および市長または任命権者が定める規程の趣旨に従いおよび第三条第二項の規程に基づく分類の基準に適合するように、かつ、予算の範囲内で職務の等級に定数を設定し、または改定することができる。」とし、同条二項は「職員の職務の等級は前項の職務の等級ごとの定数の範囲内で、かつ、規則で定める基準に従い決定する。」と定めている。

また、基準に関する規則二条(2)は「昇格職員の職務の等級を同一の給料表の上位の職務の等級に変更することをいう。」とし、同四条は「職員の職務の等級を決定する場合に必要な資格は、この規則において別に定める場合を除き別表第2(本判決別表第2)に定める等級別資格基準表に定めるとおりとする。」とし、また同三条は「条例第三条第二項に規定する職務の等級の分類の基準となるべき標準的な職務の内容は別表第1(本判決別表第1)に定める等級別標準職務表に定めるとおりとし、同表に掲げる職務とその複雑、困難及び責任の度が同程度の職務は、それぞれの職務の等級に分類するものとする。」としている。そして、別表第1の等級別標準職務表は、四等級の職務内容として、「係長又はこれに相当する職務、出先機関の長の職務、特に高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行なう吏員の職務」と定めており、また同五条は、別表第2の等級別資格基準表につき「等級別資格基準表は試験欄の区分及び学歴免許欄の区分に応じて適用する。この場合において、それぞれの区分に対応する同表の職務の等級欄に定める上段の数字は当該職務の等級に決定するための必要在級年数を、下段の数字は当該職務の等級に決定するための必要経験年数を示す。」と定めている。(以上の点は当事者間に争いがない。)

つまり、原告を含め被告市職員の給与については、職務給制を採用し、職務の内容がかわれば等級も変わり、逆に職務の内容が変わらなければ等級も変わらない、いわゆる一職一等級(ポスト指定ともよばれる)をたてまえとしており、任命権者が職員を昇格させようとする場合には、

(一)  昇格させようとする職務が、等級別標準職務表に定める等級別の分類基準に適合していること

(二)  等級別定数が定められた場合には、昇格させようとする等級の等級別定数の範囲内であること

(三)  職員が等級別資格基準表に定めるところの昇格させようとする等級に必要な一定の資格要件を満たしていること、及び昇格前の職務の等級に原則として一定年数以上在職していること

が必要とされている。

3  昇格時期について給与条例あるいは基準に関する規則に定めはないが、昭和四五、四六年当時は原則として四月一日一回であり、原告については昭和四五年四月一日当時すでに四等級への昇格に必要な在級年数、経験年数(別表第2等級別資格基準表参照)を備えていた。

4  ところで、被告市においては給与条例五条で「定数を設定することができる」旨規定されているところの等級別定数は定められていない。

また、たとえば別表第1等級別標準職務表の四等級欄中の「特に高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行なう吏員の職務」というのはポスト指定ではなく、従前から職務内容の変更をともなわないで四等級に昇格する例も稀ではないといつたように、職務給制がゆるやかに運用されている。

5  職員の昇格については任命権者が辞令を出して行なうが、三等級以下の昇格については被告市においては昭和四六年頃から、鈴鹿市職労と被告市当局とが昇格基準について事実上協議をし、右基準について合意に達すれば、任命権者においてこれに該当する者の中から実際に昇格の発令行為をなすという運用が定着化してきた。なお、昭和四六年の五等級から四等級への昇格基準は「五等級一六号俸以上の吏員のうち任命権者の認めるもの」とされていた(原告は昭和四一年から右運用がなされていたと主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四六号証及び原告本人尋問の結果中に、昭和四一年から右のような運用をしているとの部分があり、また前記甲第二号証の一・三及び弁論の全趣旨によると鈴鹿市職労は同四一年以前から昇格基準の設定について被告市当局と交渉を重ねてきたことはこれを認めうるが、証人森田等の「昭和四五年当時男子でも四等級へ昇格するものは少なかつた」旨の証言及び証人鈴木道子、同川合重雄の「四等級への昇格につき前記運用がなされたのは昭和四六年頃からである」旨の各証言に照らすと、前記各証拠から直ちに昭和四一年頃から前記運用がなされていたとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また原告は官職名(職務)の変更をともなわないで、一定の号級経験または在級年数等を基準として上位等級へ昇格することを「わたり」と称し、被告市においてはこれを制度としてとり入れられていると主張し、更に原告は「わたり」についての「協定」ができたと主張するが、それが制度化していたと認めるに足りる証拠はなく―制度化していたとすれば地方公務員法の職務給の原則との関係が問題となる―もとより右に関し労働協約あるいは書面による協定が成立したと認めるに足りる証拠もない。

6  被告市における昭和四五年一月当時の五等級一六号俸以上の男女職員の比較は左のとおりであり、また全四等級職員は男子一〇二名に対し女子は二名にすぎない。

5等級

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

特1

13

0

1

1

1

2

0

0

0

0

0

18

2

9

12

10

7

7

2

2

2

3

1

57

7  また、昭和四六年四月一日の五等級から四等級への昇格者については男子二八人女子八人で(右事実は当事者間に争いがない。)、そのうちわけは次表のとおりであり、五等級一六号俸以上の男子三七名、女子五九名中、男子二七名、女子八名がそれぞれ四等級へ昇格したのであるが、昇格していない男子については汚職関係、怠業関係などなんらかの客観的な事由があるものと認められる。

昭和46年3月当時の

五等級の号

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

(5)5

(5)9

(9)13

(3)4

(2)2

(1)1

(1)1

(1)1

1

6

2

10

9

(2)10

7

(1)7

2

1

(1)1

(4)4

〔かつこ内の数が昇格者数である。15号俸の者については16号俸に昇給したうえで昇格している。なお15号俸のまま昇格した者がほかに男子1名いる。〕

8  右昭和四六年度の昇格に関し、同年四月二八日付で鈴鹿市職労執行委員長及び青年婦人部長連名による「女子職員の昇格(わたり)の問題について」の集会をもつ呼びかけがなされ、右集会がもたれた結果、女子職員の代表者らは男女差別の撤廃を求める要望書を組合名で被告市に提出するよう働きかけることとし、そこで、被告市に提出する案文を鈴鹿市職労委員長に提出して依頼したところ、職労は同年五月二六日これを容れて鈴鹿市長、鈴鹿市消防長に対し「昇格基準を性別に関係なく公平に適用されたい」外四点にわたる要望を提出した。その後、被告市総務部長、職員課長と職労執行部等が会合した際、右要望に対し当局側は男女の合理的差別は許される、女子職員に対して社会的制約(婦女子の保護規定)もあり仕事の能力、管理能力責任の度合等を総合的に判断していると回答するのみで両者の議論は平行線をたどるのみであつた。なお職労は昭和四七年度に入つてからも他の労働条件の改善と併せ、右と同様の要望をした。

9  (昇格以外の男女の差別的取扱いについて)

(一)  昭和二三年一二月一〇日に入所した原告は、同年一二月三一日当時その給与は二等級三号俸で同二八年四月一日に事務吏員となつたが(右事実は当事者間に争いがない)、原告とほぼ同時期に入所した杉野平三郎(同二三年八月二日入所)、川端芳郎(同二三年一〇月二〇日入所)は同年一二月三一日の給与は三等級一号俸で同二七年一月一日、同二六年四月一日にそれぞれ事務吏員となつており、右事例の示すごとく昇任期間についても一般に男女間におゝよそ二年程度の差がつけられている。

(二)  被告市における職員研修としては、採用者研修・接遇研修・中級職員一般研修・特課研修・監督者指導研修・JSF評準課程研修等があるが、女子は接遇研修と採用者研修しか受けられず、昭和四六年五月二六日付の職労の前記要望書により中級職員一般研修は女子にもその受講ができるようになつたが、その受講時期は男子は八ないし一〇年勤務した者は大体右研修を受けているのに対し、女子の場合にはおゝむね二〇年前後勤務した者が右研修を受けるにとどまつている。

(三)  被告市において職場におけるお茶くみ、掃除等の雑用は、女子が行なつていたが、昭和四八年に至つて給茶器の設置及びビルクリーナーへの委託により、女子は完全に右雑用をする必要がなくなつた。

(四)  被告市は昭和三一年に、職場結婚した女子職員六名につき当時半年に一回年二回あつた昇給を一回にへらし、さらに、本俸一万円以上になつた女子の昇給をストツプしたことがあり、右事件は翌三二年に新聞でも報道され(新聞報道の点は当事者間に争いがない)、職員組合もこれをうけて被告市に対し抗議を申入れた。

(五)  原告の夫は昭和四五年七月に被告市を退職し(右事実は当事者間に争いがない。)、再就職したが、再就職した会社に扶養手当制度がなく、かつ夫の給与が低かつたため、原告が扶養手当の支給を申請したところ、社会通念上子供の扶養は男親にあるとの理由で拒否され、同四七年一月に再度申請したところ「夫の所得が妻の所得より三割以上低ければ出すが原告の場合はそれ未満であるから支給できない」として拒否された。そして原告方家計の実態を上申するなどした結果同年二月に至り、ようやく扶養手当の支給をうけるに至つた(右支給の事実は当事者間に争いがない)。

三  そこで原告主張の不法行為の成否について検討する。

1  地方公務員法一三条は「すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならず、人種、信条、性別、社会的身分若しくは門地によつて、又は第一六条第五号に規定する場合を除く外、政治的意見若しくは政治的所属関係によつて差別されてはならない。」として憲法が明示する法の下の平等の原則を地方公務員制度の中に具体化し平等取扱いの原則を明確に規定している(同条違反に対しては同法六〇条に罰則が規定されている。)が、このことは、とりもなおさず女子職員は同一の条件で同等の職務に服する限り、使用者(被告市)から男子職員に比し、不当に不利益な差別待遇を受けない法律上の利益を有することを意味するから、原告に対し四等級への昇格発令をしなかつたことが、原告の主張するような被告市の不当差別によるものであるならば、女子職員たる原告の有する右法律上の利益を違法に侵害するものとして、慰謝料はもとより本来なさるべき適正な昇格を実施された場合に受けたであろう給与と、現に受けたそれとの差額を不法行為による損害賠償として被告市に請求しうるものと解するのが相当である。

2  しかるところ、原告は昭和四一年頃から被告市においていわゆるわたり運用があつたことを前提として、昭和四五年四月一日の昇格実施に際し、原告も昇格さるべきであつた旨主張するが、右の前提事実が認め難いものであることは前記二・5のとおりであるのみならず、右時点における五等級から四等級への昇格についてはその実態に関する具体的証拠資料がなく、したがつて右の点に関する原告の主張は採用できない。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば原告は昭和四六年度の昇格差別に関しても同旨の主張をしているものとみられるので以下これについて更に検討するに、前記二・5で認定の被告市における昭和四六年度以降における昇格制度運用の実態及びその基準、ことに昭和四六年四月一日の昇格に際して、同二・7で認定のとおり男子職員については、基準該当者のうち客観的に昇格不適当と認められる事由を有する者以外の全員につき昇格が実施されていることからみて、前認定の「五等級一六号俸以上の吏員のうち任命権者の認める者」との基準は、男子職員に限つて同号俸以上の者で基準に関する規則別表第2所定の在級年数・経験年数の要件を充足している者は、昇格不適当と認められる特段の事由のない限り一律に昇格を認める形で運用されたものと推認できるから、前記二・7で認定した昭和四六年三月当時の五等級一五号俸以上の男女職員の数とその分布状況及びこれと同年四月一日実施による昇格者の分布状況との対比並びに前記二・1で認定した原告の経験年数、在級年数及び五等級二〇号俸という号俸更には原告本人尋問の結果により明らかな原告の従前からの担当職務の内容からすれば、右昇格基準が前記地公法一三条の趣旨にしたがい女子職員に対しても男子職員に対してなされたのと同様の形に平等に運用されていたならば、原告は当然昇格対象者とされ、少なくとも五等級二〇号俸の直近上位である四等級一〇号俸に昇格されてしかるべきものであつたと推認できる(原告主張のごとく直近上位ではなく、同期の男子職員の四等級の平均号俸に格づけすることは、昭和四五年以前にさかのぼり具体的に昇格差別を確定しうる場合であれば格別、これを証拠上確定しえない本件の場合においては、基準に関する規則からいつても容易に採用できず結局右のように直近上位へ格づけする限度で認めるほかはない。)。

3  しかるに、それにもかかわらず原告に対し昇格を実施しなかつたのは女性であることにより不当に不利益な取扱いをしたものといわざるをえず、これは1で述べたとおり地公法一三条に違反し違法に原告の有する前記法律上の利益を侵害したこととなる(被告市は、これを争い、証人森田等、同酒井幸生は、五等級から四等級への昇格に際しては、等級別標準職務表所定の「特に」の要件に関し、昇格該当者各々につき個々的に検討して決定したもので性別による差別はなかつた旨供述しているが、同人らのいうところによつても、当時被告市においては考課基準、勤務評定書といつたものも作成されておらず評価資料もほとんど口頭によるものという程度であるのみならず、そのいうところはきわめて曖昧であり具体性を欠くものであつて、それ自体信憑性に乏しいものであり、また従前から被告市においては女子職員に対し前記二・9・(一)・(四)で認定したような、男女間で職務、能率、技能等に差異のあることが立証できない限り地公法一三条に反するといわれてもやむをえない取扱いをしていたことなどを併せ考えると、性別による差別はなかつた旨の右両証人の供述は容易く措信できないものというのほかなく、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。)。

四  そして前記諸事情を総合すると、鈴鹿市長及び鈴鹿市消防長において昭和四六年度の昇格につき合理性を欠く性別による差別があつたことについて、少くともこれを認識しうべきものであつたと推認されるから、被告市は国家賠償法一条により、原告が蒙つた後記損害の賠償義務があることになる。

1  (財産上の損害)

原告の昭和四六年四月一日当時の給与は前認定のとおり五等級二〇号俸七万二八〇〇円であるからこれを四等級の直近上位へ位置づけると四等級一〇号俸七万二九〇〇円となるところ鈴鹿市職員給与条例の一部改正により昭和四六年五月一日から四等級一〇号俸は八万一〇〇〇円となり、四等級一一号俸は八万四〇〇〇円となつた(乙第三号証)。

また期末手当及び勤勉手当については、昭和四六年六月に給料の一・七か月分、同年一二月に二・六か月分、同四七年三月に〇・五か月分がそれぞれ被告市職員に支給されている(原本の存在と成立に争いのない甲第五九号証の一・二及び弁論の全趣旨)。

更に給与条例五条三項所定の昇給(いわゆる普通昇給)は被告市においては、普通の勤務状態で特に勤務成績が悪い、たとえば昇給期間の六分の一を欠勤したとかあるいは懲戒処分等といつた事由がない限り一律に一二か月経過すれば昇給させており(前記証人森田等、同酒井幸生の証言)、したがつて右のごとき事由がないと認められる原告が差別をうけることなく適正な昇格を実施されたとすれば、前記のように昭和四六年四月一日に四等級一〇号俸となり、前回昇給時から一二か月経過した同年七月一日に四等級一一号俸に昇給することになる。

そうすると原告が現に受けた給与と右の場合との差額は別表第4のとおり二万六一五〇円となり、これが本件昇格差別と相当因果関係のある損害と認められる。

2  (慰謝料)

原告が前認定のごとく昇格について差別をうけたこと、また鈴鹿市職労が昭和四六年五月昇格基準の男女差別是正のための要望書を提出し是正を求めたものの、原告が四等級へ昇格したのは同四八年一〇月一日であること、更には前記二・9・(一)・(二)に認定した諸事実など叙上認定の一切の諸事情を考慮すると、原告がこのような性別による差別により蒙つた精神的損害を慰謝するには一〇〇万円をもつてするのが相当であると認められる。

3  以上、原告の損害賠償債権は一〇二万六一五〇円となるところ、原告が弁護士に依頼して本訴追行にあつたことは記録上明らかであり、本件訴訟の性質、態様並びに審理期間などを考えあわせると、弁護士費用四〇万円を本件昇格差別と相当因果関係のある損害としてみるのが相当である。

五  よつて、原告の本訴請求は、一四二万六一五〇円及び、うち一〇二万六一五〇円に対する不法行為の後である昭和四七年七月一四日から、うち四〇万円に対する本判決確定の日の翌日から右各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(弁護士費用については支払期限の主張立証がないから本判決確定の日の翌日から遅延損害金を付することとする)、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精 川原誠 徳永幸蔵)

別表第1

等級別標準職務表

職務の等級

標準的な職務内容

1等級

部長の職務又はこれに相当する職務

2等級

重要な業務を所掌する課の長の職務又はこれに相当する職のうち任命権者の認めるもの

3等級

課長又はこれに相当する職務

困難な業務を分掌する係及び出先機関の長のうち任命権者の認めるもの

4等級

係長又はこれに相当する職務

出先機関の長の職務

特に高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行う吏員の職務

5等級

相当高度の知識又は経験を必要とする困難な業務を行う吏員の職務

相当困難な専門業務又は指導的業務を行う技能労務の職務

6等級

相当の知識又は経験を必要とする業務を行う職務

相当の技能又は経験を必要とする技能労務の職務

7等級

定型的な業務を行う職務

技能労務の職務

別表第2

等級別資格基準表

試験

学歴免許等

職務の等級

7等級

6等級

5等級

4等級

3等級

上級

大学卒

2

4

0

2

6

中級

短大卒

1

4

4

0

1

5

9

初級

高校卒

3

5

4

0

3

8

12

その他

中学卒

3

4

5

4

0

3

7

12

16

備考 この表は、行政職員に適用し、技能労務職員については別に定める。

別表第3

年度

現実の等級及び支給額

現実の等級及び

支払われるべき額

差額

給与合計差額

差額×(月数+諸手当)

昭和45年

4月

5等級19号

64,170円

4等級13号

73,530円

9,360円

9,360円

同年5月

同年6月

同上

同上

勧告是正

70,800円

同上

同上

勧告是正

81,200円

10,400円

10,400×(2+1.6)=37,440円

同年7月

同46年4月

5等級20号

(定期昇給)

72,800円

4等級14号

(定期昇給)

83,400

10,600円

10,600×(10+3.1)=138,860円

同年5月

同年6月

同上

同上

勧告是正

80,500円

同上

同上

勧告是正

92,500円

12,000円

12,000×(2+1.7)=44,400円

同年7月

同47年3月

5等級21号

(定期昇給)

82,000円

4等級15号

同上

94,700円

12,700円

12,700×(9+2.6+0.5)=153,670円

合計383,730円

(注)

諸手当とは期末手当と勤勉手当であり、昭和45年6月に1.6か月分、同年12月に2.6か月分、同46年3月に0.5か月分、同年6月に1.7か月分、同年12月に2.6か月分、同47年3月に0.5か月分それぞれ支給されている。

別表第4

年度

現実の等級及び支給額

現実の等級及び

支払われるべき額

差額

給与合計差額

差額×(月数+諸手当)

昭和46年4月

5等級20号

72,800円

4等級10号

72,900円

100円

100×1

同年5月

同年6月

同上

80,500円

同上

81,000円

500円

500×(2+1.7)

同年7月

同47年3月

5等級21号

82,000円

4等級11号

84,000円

2,000円

2,000×(9+2.6+0.5)

合計26,150円

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